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東京高等裁判所 昭和44年(行ケ)99号 判決

原告

ブリヂストンタイヤ株式会社

右代表者

石橋幹一郎

右訴訟代理人弁理士

近藤一緒

被告

特許庁長官

斎藤英雄

右指定代理人

町田悦夫

外二名

主文

特許庁が昭和四四年八月一六日、同庁昭和四一年審判第七八〇号事件についてした審決を取消す。

事実・理由

第一当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二争いない事実

一特許庁における手続の経緯

原告は昭和三八年二月一三日特許庁に対し名称を「浮沈可能なホース」とする考案につき、実用新案登録を出願し(昭和三八年実用新案登録出願第九〇四六号)、昭和三八年八月一三日これを特許出願に変更したが(昭和三八年特許出願第五八四一二号)、昭和四〇年一二月二〇日拒絶査定を受けた。そこで原告は、昭和四一年二月七日審判の請求をし、同年審判第七八〇号事件として審理されたが、昭和四四年八月一六日「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は同年九月一日原告に送達された。

二本願発明の構成要件

(一) 油類輸送用ホースに浮沈用フローターホースを外挿し、ほぼ同心円上に空間をもたせて配する。

(二) 両ホース間の空間の両端部は通気孔以外を完全に密閉して一体とする。

(三) 浮沈用フローターホースはその空間に通気孔より空気を送入して浮上させ、またその空間の空気を排出し、容積減少により沈下させる可撓性ホースである。

三審決理由の要点

本願発明の要旨は、前項のとおりである。ところで昭和一七年実用新案出願公告第一三九一四号公報(以下「引用例一という。)には、ゴムホースの考案として、内部ゴム層内に軟質な材料で作られたチューブを螺旋状に埋設し、このチューブに連結したバルブより空気・水・蒸気などの加圧流体を充填して膨張させるようにし、この構成によりホースの変形を防止し、比重が小さいため水面または水中での取扱いを容易にしたものが記載されている。

そこで両者を比較して検討すると、本願発明は、ホースの内部周辺に空間を形成し、その空間は通気孔以外を完全に密閉して一体とし、通気孔より空気を送入して膨張させ、また空気を排出して容積を減少させるようにした点で引用例と一致し、空間の形成をフローターホースの外挿により行なつた点および、空気送入によリホースを浮上させ、排出により沈下させるようにした点で差異がある。

しかし、その空間形成の差異から引用例に比して特に顕著な作用効果を生ずるものとは認められず、また空気の送入・排出による浮沈の点も、引用例中の、比重が小さいため水面または水中での取扱いが容易である旨の記載から、容易に類推できるものと認められる。したがつて本願発明は引用例により当業者が容易に発明することができたものと認められるから、特許法第二九条第二項の規定により、特許を受けることができない。〈中略〉

第三争点〈略〉

第四証拠〈略〉

第五裁判所の判断

一本願発明の構成要件(一)について

本願特許願、本願手続補正書、引用例によると、次の事実が認められる。

本願発明と引用例とは、いずれも輸送用ホースに関するものであつて、その周囲に空間形成部があることでは共通している。しかしながら、本願発明においては油類輸送用ホースに容積変化が可能な可撓性の浮沈用フローターホースを外挿して、同心円上に保つようにした二層の構造をもち、その浮沈用フローターホースの層間に空気を送入・充満させることによつてホースを海面に浮上させ、またその層間の空気を排出し終ることによつて海底に沈下させることができるようにしたものである。これによつて船舶から岸壁まで石油をホースによつて輸送する場合、使用時にはホースを海上に浮上させ、不使用時には海底に沈めておくことができる。これに対し、引用例のホースはゴムの単一層で構成されたホースであり、そのホース内側のゴム層内にゴム・ゴム引布・布などの柔軟な材料で作られたチューブを螺旋状に埋設し、これに空気水・水蒸気などの流体を加圧充満して、ホースをポンプの吸入側に使用しても大気圧によつて押しつぶされることがないようにし、また一時の外力によりホースが変形しても、外力が去つた後は加圧流体によつてホースを円形断面に戻すことができるようにして、従来鋼線または鋼帯で補強されていたゴムホースが外力によつて押しつぶされ変形してしまう欠点を取り除こうとしたものである。

以上に認定した事実によれば、本願発明と引用例とはいずれも輸送用ホースの周囲に空間形成部を設ける点で共通しているとはいうものの、空間形成の目的も作用効果も異なるものといわなければならない。すなわち、本願発明はこの空間に空気を出し入れすることによつて輸送用ホースを海面に浮かせ、また海底に沈めようとするものであるのに対し、引用例は輸送用ホースに外力が作用して変形しても外力がなくなつたときホースがもとの円形に戻るよう輸送用ホースにチューブを螺旋状に埋設するのであつて、このチューブにより作られる空間は小規模なものであり、空気の出入によつて輸送用ホースを海面・海底間に浮沈させるのに十分なほどの規模のものとは到底考えられない。

したがつて、本願発明の構成要件(一)は、引用例に比してその構成に大きな相違があるものであり、本願発明の奏する第二の四の(一)の作用効果も、引用例と比べればその差が顕著であるということができる。本件審決は空間形成に関する構成上の差異を較視し、作用効果の顕著さを無視してその進歩性を否定しているところに判断の誤りがあるといわねばならない。

二本願発明の構成要件(三)について

前項で説示したように引用例からは空気の送入・排出によりホースを海面・海底間に浮上・沈下させる技術思想は認められない。

もつともこの点に関し、前掲甲第九号証によれば、引用例にはホースを水面または水中で使用する場合、鋼材入ホースに比して比重が小さいから取扱が容易である旨の記載があることが認められる。そうすると、引用例のゴムホースには、比重一以下と、比重一以上の、二様のホースの製作が実施態様として考えられる。しかしながら、比重の異なる二様のホースの実施例が考えられることと、海面・海底間の浮沈ができるように、単一のホースに一より十分に大きな比重と、一より十分に小さな比重をもたせるよう変化させることとは、その技術思想において全く次元を異にする。また前掲甲第九号証を検討してみても、引用例にはその目的・構成・作用効果のいずれからも、使用時に水面に浮上させ、不使用時に水底に沈下させるような使用方法を示唆する記載は見当らない。

また〈書証〉によると、容積変化型浮沈方式として沈没船引揚装置に関する特許第三八九六八号、同第一六一一二四号の特許発明があり、これらはいずれも浮子の容積を変化させて沈没船の引揚に資するものであることが認められる。しかしながら、同号証によればこの装置は沈没船に取付け浮子に空気を送入して沈没船を海面上に浮上させるものであることが認められる。したがつて、本願発明のように不使用時に海底にこの装置を沈下させておくという使用方法はとうてい考えられない。また〈書証〉によれば、船舶等の荷積荷卸に使用するパイプライン装置に関する特許出願公告昭和三四年九〇七〇号の特許発明があり、これは浮沈装置を備えた構造物にホースを取りつけたものであるが、ホース単独で浮沈するものではないことが認められる。

してみると、これらの公知例を引用例に加味してみても、本願発明の構成要件(三)の容易に推考できるものとは考えられない。したがつて、引用例から構成要件(三)が容易に推考できるとしてその進歩性を否定した審決には判断の誤りがあることになる。

三本願発明の構成要件(一)(二)(三)の組合せについて、

前一、二項で説示したように、本願発明は油類輸送用ホースとして最も重要な部分を占める構成要件(一)(三)においてそれぞれ進歩性を有するものである。そして、これを加えた全体の(一)(二)(三)の構成によつて、前掲第二の四の(二)の作用効果を有することは、当事者間に争いがない。その作用効果は引用例のそれに比べて極めていちじるしいものと認められ、大量の原油の輸送と荷役作業の合理化に役立つものと考えられる。

これに対し、前掲甲第九号証を仔細に検討しても引用例はその目的・効果からみて前示のような本願発明の技術思想や作用効果を何ら示唆していないことが明らかである。

それ故、本願発明の構成要件(一)(二)(三)の組合せに進歩性を否定する被告の主張は理由がない。

四結論

そうすると、前示のような事実誤認の上に立つて、本願発明を引用例から容易に推考できるものとした本件審決は違法であるから、その取消を求める原告の本訴請求は正当として認容し、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(古関敏正 宇野栄一郎 舟木信光)

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